SEIQoLとは何か
SEIQoL (Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life )は個人の生活の質評価法と翻訳していますが、個人の生活の質(individual Quality of Life)を評価(evaluate)するための計画(schedule)であり、半構造化面接法とVASによる評価法により成り立っています。SEIQoLは“See-Kwal”と発音しWHOが推奨し世界各国で使われている生活に関する代表的なPRO(Patient reported outcome:患者の報告するアウトカム)であり包括的なQOL(生活の質)評価法の一つです。世界で、慢性疾患、難病、緩和ケア領域におけるQOL評価方法として使われています。
SEIQoLは他の健康関連QOL評価尺度とことなり、健康概念から派生する生活分野を使用していません。WHO憲章の健康概念である、身体的、社会心理的な完全なwell being(良い状態)という認識枠からこの評価尺度は完全に自由となっています。このため、根治し得ない病態や進行性の病態であっても人が、新たな生活(人生)を見いだしたり、新たな生活分野に適応していったり、みずからを変化させていく過程を理解することに役立てることができます。また、その中で提供される薬物治療、手術、医療機器などによる治療評価だけでなく、多専門職種によるケア、緩和ケア、難病ケア、在宅ケアによって変化する患者や家族の生活の質を評価することが可能です。
人は自らの認識を通して自分の内的な状態や他者との関係、世界を知ろうとしています。その認識の枠組み、意味は世界の変化や自分自身の変化の中で日々変化する可能性があるものです。SEIQoLではその人の生活の質の評価は動的に変化していくものと考えますが、その評価はその人にとっての重要な生活分野がうまくいっているか/満足しているか(functioning/satisfaction)から評価されると定義します。このためVAS (Visual Analog scale)を使っています。生活の質を包括的に評価する際に生ずるVASの最初の課題は正規性や評価の一貫性が保証できるかどうかでした。SEIQoLでは最終的にSEIQoL-indexという包括的QoLスコアが得られますが、この分布は正規性を持ちますし、被検者内での一貫性はSEIQoL-JAではピアソンの相関係数(r)によって評価することができます。また、retrospective pre-testを行うことで、response shiftも正確に評価することが可能である特徴を持っています。
SEIQoLを正しく使用するためには、第一に適切な面接技術が必要です。その人にとって重要な生活分野を聴き取るための能力です。通常、言葉によって重要な生活領域を概念化することは、何かの必要性が無いかぎり行わないものです。SEIQoLの面接ではこれを行うことになるからです。生活の重要な分野を言語化してもらい、意味づけ(conceptualization & definition )、5つの分野とし、それぞれ、命名(nomination)してもらいます。それをCue(キュー)と言います。SEIQoLではこの5つの分野に対してVASによるレベル評価を行います。最高に良い状態と最低に悪い状態の間で0から100に分布するように視覚的評価をしてもらいます。その次にそれぞれの5つの分野の自分の生活における重要度を全体が100%になるように評価します。この重みを評価することにより、レベルと掛け合わせ総和を求めることで、その方の生活の質の包括的な評価スコア(SEIQoL-Index Score)が計測可能になると考えています。
重みを評価するために、事前に作成してある30通りの擬似的な状況を被検者に提示して、その際の生活の質をVASで評価してもらい、この30通りを判断分析アプリケーションPolicy PCで処理することで、生活分野での重みが多変量解析モデルにより数値的に推測され、同時に決定係数R2が測定されます。5つの生活分野が構成概念(construct)として30通りの反応の中で同じように適切に扱われた場合、R2は高くなり、混乱していた場合は低くなります。この方法をSEIQoL-JA (Judgment Analysis)と言います。人の作業記憶(working memory)の容量は数としては、5個から9個までと言われており、5個であれば人は概念(construct)を作業記憶の中で操作したり評価したりするなど概念として扱えると考えられています。このため、SEIQoLのCueは5個となっているわけです。最初、SEIQoLはSEIQoL-JAとして標準化されました。30通りに対して被検者が反応するのは時間がかかることから、5つの生活の分野の重みを直接的に重みづけるための方法が開発されました。それをSEIQoL-DW(a Direct Weighting procedure for Quality of Life Domains)と言います。カラーのパイチャートに似せたディスクはWeb pageの写真にあるものですが、全世界で同じものを使ってもらいたいと開発者のAnne Hickeyは述べておりSEIQoL-DWの日本語版事務局でも同じものを作成しており登録者に対して、実費でお分けしています。SEIQoL-DWではSEIQoL-JAと比較して、構成概念の妥当性や反応の一貫性などは計測できませんが、簡便であることからSEIQoLの原理がわかっている面接者であれば、適切に使えると考えられています。
SEIQoLの講習ではどうしても簡便なSEIQoL-DWの習得に内容が絞られますが、SEIQoLのユーザはSEIQoL-JAを理解していただき、その特徴と限界を理解していただけるとよいと考えています。SEIQoLは質的評価と量的評価の絶妙な組み合わせにより成り立っています。十分な理解をとおして使用していっていただきたく思っています。
2013年2月3日 国立病院機構新潟病院 院長 中島孝
http://www.niigata-nh.go.jp/nanbyou/annai/seiqol/index.html
SEIQoL-DWに関する関連文献など以前の紹介ページ:
http://www.niigata-nh.go.jp/nanbyou/annai/seiqol/seiqolbiblio1.html
日本へのSEIQoL導入小史と今後
難病患者さんのケアアウトカム評価、QOL評価法の疑問から、大生定義先生(現、立教大学)を介して難病や緩和ケア領域でも利用できるQOL評価尺度として紹介をうけたSEIQoLを正しい形で日本に紹介するために、大生先生と一緒に、翻訳をすすめながら日本で初めてのSEIQoLの講習会を開催することにした。
2003年(平成15年)8月9日台風8号が日本列島を正に縦断する中で、特別セミナー:神経疾患の緩和医療と QOL第2回「QOL の質的研究:Narrative based medicine から主観的 QOL 尺度まで」と題して、H15年度の厚生労働省特定疾患対策研究事業 「特定疾患のQOLの向上に資するケアのありかたに関する研究班」(主任研究者 中島孝)「神経変性疾患に関する調査研究班」(主任研究者 葛原茂樹)の共催で東京大学山上会館にておこなった。第一回目の特別セミナーの内容はEuro-QoL(EQ5D)の講習会だったので、人間理解や患者理解に対して180度の発想の転換を果たし、日本での第一回目のSEIQoLの講義と実習セミナーにたどりつくことができた歴史的な第1頁といえた。SEIQoL-DWの作成者のアイルランド王立外科病院のAnne Hickey講師と逆翻訳プロセスのためにメールをやりとりしていたが、私たちが講師になるためには内容と同じくらい重要なことSEIQoLの発音が分からないことに気がついた。当日朝にようやくSEIQoLは”See-Kwal”と発音するとメールをいただきほっとして講習会をおこなったことを憶えている。
Re: Just Question about pronunciation of SEIQoL
Dear Dr. Nakajima,
Many thanks for your email. The pronunciation of SEIQoL is as a word, rather than pronouncing each letter individually. The word is pronounced, “See – Kwal”. I hope this makes sense. We have also used SEIQoL with ALS patients here in Ireland. We would be really interested to know how you get on using the method in Japan. There may be interesting cross-cultural comparisons that we could make at a later date. Best wishes with your research,
Yours sincerely,
Anne Hickey
難病・緩和ケアの質を変えるために、SEIQoLには本質的な考え方と実践方法のヒントがあることはすぐに理解できたが、講習会として教える立場になるためには、わからない細かな点や他の理論との関係性などの疑問を解決するために、著者から直接講習を受けたいという思いが強く、また逆翻訳を完成させる必要もあったため、SEIQoL-DWの作者のAnne Hickey(アン・ヒッキー)講師とSEIQoL-JAの作者のCiaran O’Boyle(キアラン・オボイル)教授を直接、ダブリンにて訪問することを決意した。ちょうどその時、ALS/MNDの国際シンポジウムがアイルランドのダブリン(2005年12月)で開催されることになっていることがわかり、その機会に中島孝、大生定義、川口有美子、伊藤博明の4人で訪問しお会いするべくアポイントメントをとった。国際シンポジウムではO’Boyle教授の大変魅力的なConstructivismとQOLの講義を聞き感動し、翌日、王立外科病院のオフィスを訪問し、Anne Hickey講師に面会した。Anne Hickey講師からSEIQoL-DWの逆翻訳の校正結果の説明を受け、一連の逆翻訳過程を経て、われわれの日本語版SEIQoL-DWは英語版と同等であるという判断をしてもらった。そして、私たちは、この二人に日本に指導に来ていただきたいという願いを伝えた。
2006年中に何とか二人の招聘活動を行い、2007年3月23日から3月31日まで、H19年(2006年)度難治性疾患克服研究推進事業の外国人研究者招聘事業で招聘することに成功した。日本でセミナーを開催し、SEIQoLの背景理論の講習を含め、SEIQoLの実習方法を習得することや日本のデータを見てもらうこと、質疑応答をおこない完全に理解することを目的とした。さらに、日本の他のQOL研究者との交流もおこなった。詳しくは報告書を参照していただきたい。SEIQoL-JA, response shift, Proxy評価の研究なども学ぶことができた。
その後、毎年の様にSEIQoL-DWの講習会をH17-H19年難治性疾患克服研究事業「特定疾患患者の生活の質(QOL)の向上に関する研究班(主任研究者中島孝)」主催で行ってきたが、その後、ようやくSEIQoL-DWの元になった多変量解析法によるSEIQoL-JAの講習会をH21(2009)年7月5日に国立病院機構新潟病院で開催することができる様になった。
その間に多くの関係者が育ったが、SEIQoL-JAの理解を通してさらにSEIQoL-DWを深く理解することができるようになった。さらにこの数年間に臨床試験における主観評価法としてのPRO(patient reported outcome)の重要性が米国のFDAからも提唱され、以前からのQOL研究がさらに深化し医療のアウトカムとしてPROがさらに重視されるようになった。最初からPROとして作られたSEIQoLはさらに興味深いものとなった。さらに、Response shiftはバイアス(偏り)でなく主観評価としての正しい現象であることがわかり、その人にとっての良いresponse shiftの臨床的意味も理解できるようになった。
SEIQoLを通してわかることは、QOLの科学のみならず、構成主義的(constructivism)な人間理解、ケアアプローチ法、面接技法、年齢や疾患によらない発達・成長理論など多様である。SEIQoLは医療領域から総合的な人文諸科学への窓口として使える方法であり、職種を限定せず、あらゆる臨床教育・研究にとり重要な役割を果たせるだろう。SEIQoLを通して、医薬品、医療機器の効果を適切に評価したり、難病・緩和ケア領域であってもケアの質を向上したり、自らの人生をも深められることを祈念したい。
2013年2月3日
国立病院機構新潟病院 院長 中島孝
- H14~H19年度 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患克服研究事業「特定疾患患者の生活の質(QOL)の向上に関する研究」 主任研究者
- H24〜26年度 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等実用化研究事業「希少性難治性疾患-神経・筋難病疾患の進行抑制治療効果を得るための新たな医療機器、生体電位等で随意コントロールされた下肢装着型補助ロボット(HAL-HN01)に関する医師主導治験の実施研究」研究代表者
- H27年度〜 日本医療研究開発機構研究費 難治性疾患実用化研究事業「希少難治性脳・脊髄疾患の歩行障害に対する生体電位駆動型下肢装着型補助ロボット(HAL-HN01)を用いた新たな治療実用化のための多施設共同医師主導治験の実施研究」研究開発代表者
■H19年度研究実績報告書こちらからダウンロードできます。
H19年研究実績(Anne_Hickey)
H19年研究実績(Ciaran_O’Boyle)